今年のGW、5月2日と3日の2日間で北陸のお城を周った時の各お城毎の見学記録。。。

5月2日には七尾城に行きました、
『登山編』で、麓から七尾城中心部北端の安寧寺跡までの記録を書いたので、その続きになります。
安寧寺跡の南側より、ほとんど垂直に近いと感じるような細い丸太で組んで作られた階段を登り三の丸へ上がります。
ここまで上がりようやく頭上に空が大きく広がり、山の上まで上がって来たという感じになります、、、実際には二の丸、本丸とさらに高い位置にあるのですが^^;
この三の丸は南北に100m以上もあるかなり大きな曲輪です、七尾城は山城であるにもかかわらず、三の丸以外にもかなり広めの曲輪がいくつもあります。

三の丸の東側から坂道を下ると、南側にある二の丸との間を大きく仕切る堀切の掘底に出ます。
かなり大規模な立派な堀切です、写真の右手側が三の丸、左手側が二の丸になります、高さは若干ですが二の丸側の方が高くなっています。

...という事で、一旦堀底まで下ろされたので、再び二の丸へ上がるには階段を登ります。
垂直です、、、ここもw

二の丸は、三の丸と比べると小ぶりの曲輪です、現在は案内板やベンチなどが設置されています。
三の丸との間が大きく堀切られているのをはじめ、西側と東側も自然の絶壁となっていて、防御の要となった場所であるようです。

二の丸で唯一崖で切り離されていない南側へ進むと、七尾城の主郭部分へと続いて行く事になります。
二の丸の南側を振り返って見ると、二段の石垣が残っていたりもします。
写真は上段の部分です。

二の丸から一段下がった場所が、温井屋敷跡と言われる場所になります。
畠山氏を補佐した八臣の一人温井氏の屋敷があったとされる場所です。

温井屋敷跡の南の崖側には九尺石と言われる巨石が複数ころがって(?)います。
「城の鎮護のかなめ石」という説明書きがなされていましたが、鎮護のためにここに運ばれて来た物なのか、元々この地にあった巨石を要石として祀った物なのかは分かりませんでした、これだけ大きな石がこの量元々あったとは考えづらい事ではありますが、この山の上までこれらの巨石を運んだのだとしたら、これまた驚きの話です、、、

温井屋敷跡から少し東側にカーブすると桜馬場という広めで平坦な場所になります。
ここは、その名の通り軍馬の調練を行った馬場であったと考えられる場所です。
また、この桜馬場の北側の崖面は七尾城内で最大規模を誇る五段に組まれた石垣が広がるという、七尾城最大の見所の一つです。
、、、が、楽しみは後にとっておいて、まずは本丸へ向かいます^^

桜馬場と本丸の間は遊佐屋敷跡と呼ばれる場所になります。
本丸に隣接するこの地には、城主に次ぐ守護代の地位にあった遊佐氏の屋敷があったと伝えられているということです。

遊佐屋敷跡の東側から本丸に登ります。
本丸が一番高い位置にあるのでやはり上り坂ではありますが、さすがにここまで来れば苦には感じません♪
それに本丸への登り坂はこれまでの垂直階段ほどの急勾配ではありませんし^^

本丸には七尾城址の石碑と城山神社の鳥居と社が建っています。

本丸の中でも一段高くなっている城山神社に上がり七尾城下を眺めます。

本丸で一息つき、今度は下って行きます。
遊佐屋敷跡から、今度は桜馬場には戻らず調度丸方面へと下ります、この下り坂ですぐ脇に見える石垣が、お楽しみとしてとっておいた桜馬場下の五段の石垣になりますw

下り切って下から見上げた石垣の全景になります、石垣の上側が桜馬場という事になります。
実際にこの石垣を目の前で見ると、その迫力に圧倒される事は間違いないと思います。
ここまで登って来て良かったなぁと絶対に思えます^^

五段の石垣の下にあるのは調度丸という曲輪になります。
弓矢などの武具(調度)を整えた場所だそうです。
調度丸を抜けると本丸北駐車場に出ます。
単なる駐車場で七尾城の遺構とは関係ないのですが、この駐車場の案内板の所に、とても立派なつくりで見易いパンフレットが置いてあります。
エントリー内に引用させていただいている案内図もこのパンフから拝借させていただいたものです。
見落としたスポットなどないか確認したり、行き方の分からない場所を調べたりするのに重宝すると思いますので、徒歩の方もちょっと駐車場に寄ってゲットすると良いと思います。

調度丸に戻り、さらに北側から下る道を通り登って来た大手道方面を目指します。
途中、寺屋敷後と言う三の丸と同程度の大きさのありそうな曲輪があります。現在は特に整備はされていなく草木の生え放題の野原な場所ですが、元々は代々墓守を兼ねた僧兵が居住していた地であるそうです。

さらに戻る途中の道端には「とよの水」という今も枯れずに水の湧き出している場所もあります。
これで、七尾城址の遺構の見学は一通り完了で、登って来た道を麓まで下りました。

そして、七尾駅から歩いて7,8分の所にある小丸山城跡の北西に隣接している西光寺には、七尾城の搦手門が移築され現存しています。
痛みがひどくなってしまったのか、一部新しい木材で補修され継ぎ接ぎな姿になっていましたが、七尾城の貴重な現存建造物としてこれからも長く残ってほしいです。
七尾城中心部案内図
(現地取得パンフレットより)
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- 2009/05/19(火) 23:51:40|
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